LOGIN「奥方様が、このように美しい方だったとは!」 「閣下に釣り合う女性などいないと思ってましたが、さすが聖樹様ですっ!」 「おい、ジュリアン。お前、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!」 「俺は話したぞ!? 天使のような御方だって!」 「こら、お前達! 静かにしないか! 奥方様の耳に入ったらどうする!」 隊長格の騎士が諫めるが、興奮はおさまらないようだ。 馬車の中にいても、騒ぐ様子が聞こえてきて、エマはちょっと恥ずかしかった。 「ルシアン様。皆さん、僕のことを美化しすぎではないでしょうか?」 「そんなことはありませんよ。貴方が美しいのは本当のことです」 「でも、ルシアン様の方が美しいですっ」 エマはルシアンを見上げて、真面目に返した。 「ルシアン様の銀色の髪も、宝石みたいな瞳も、見惚れてしまいます」 「エマは本当に、可愛いことばかり言うのですね」 ルシアンは目を細めて、エマの唇にキスを落とす。 「んっ、ルシアン様」 「早く、屋敷について欲しいです。貴方が欲しくてたまらない」 「もうっ……デイモンド領までは、馬車で十日は掛かるのでしょう?」 「ええ。長旅になりますが、皇都よりはずっと近いので、辛抱していただけると助かります」 「もちろんです。ルシアン様と一緒の馬車旅は、初めてですね!」 エマはワクワクしながら、ルシアンを見上げる。 前は、エマの体調が悪く、馬車の中ではずっと寝ていた。そのため、今回はルシアンと初めての旅行気分なのだ。 「僕、外国に行くのは初めてなんです。ランダリエでも、アレシオン伯爵領やアズレーヌの街くらいしか行ったことがなくて。外の景色が新鮮で、楽しいですっ」 「気になるところがあれば、立ち寄ることもできますから。遠慮なく仰ってください」 「はいっ」 エマは頷いて、ルシアンに寄りかかる。 馬車の中は、二人きりだ。 ルシアンがエマの腰を抱き、優しい眼差しを向けてく
エマの返事を受け、王太子はルシアンに問いかける。 「デイモンド伯。これよりそなたは、エマヌエーレを唯一のオメガとして番を結ぶ。この先、オメガを含む他の女性にも、反応することはなくなるだろう。構わぬか?」 「女性にも、反応を示さなくなるのですか?」 ルシアンは驚いたように目を見張る。 一般的に、アルファはいくらでも番を持てるし、アルファやベータの女性とも子を設けることができる。 王太子は神妙な顔で頷き、ルシアンに説明した。 「この番の儀式は、お互いを唯一とするものだ。帝国民であっても、効果は変わらぬだろう」 「……王太子殿下は、そうなのですか?」 「うむ。私はアウレア以外の者には、関心がなくなった。欲しいと望むのは、己の番だけだ」 きっぱりと答える王太子に、ルシアンが頷く。 その表情は、晴れやかだった。 「ならば、問題ありません。私が欲しいのは、エマだけですから」 ルシアンの甘い眼差しが、エマに注がれる。 (ルシアン様っ! 本当に、僕だけを望んでくださるんだ) 嬉しくて、またうるうるしてしまう。 王太子は穏やかな顔で、小箱の蓋を開けた。中身が見えるように、エマたちの前に差し出す。 柔らかな絹のうえに、小さな丸い珠が一つ入っていた。 乳白色だが、パールのような光沢があり、うっすらと金に染まっている。 「っ……これは」 ルシアンが驚いた顔で、珠を見つめた。 そして、エマを振り向く。 「この珠は、貴方のものですね?」 「はい……私の、聖樹の実です」 エマは頬を染めて頷いた。 聖樹の実……それは、聖樹と番になる者しか知ることのできない、特別な実だった。 厳重に管理され、番の儀式のときに、アルファへ差し出される。 二センチほどの大きさの実は、一見すると固そうにみえるが、口に含めば柔らかく溶ける。 「デイモンド伯。聖樹の実を食すことで、そなたはエマヌエーレの番となる
ルシアンに寄り添うと、大好きな声がエマを呼んだ。 「エマ。貴方の伴侶になれたことは、私の人生で一番の幸福です」 「ルシアン様っ」 思わずルシアンを見上げ、エマは瞳を潤ませる。 甘い眼差しに胸をときめかせていると、セレナ嬢がにっこり笑った。 「私達の杞憂でしたね。エマヌエーレ様、デイモンド伯。いつまでも仲睦まじくお過ごしください」 「ありがとうございます。セレナ嬢」 エマも笑顔で礼を述べた。 続いて、後ろの長椅子に移動すると、ルシアンの従者ノエルが待っていた。 ノエルは笑顔を浮かべて、エマとルシアンに頭を下げる。 「ルシアン様、エマヌエーレ様。このたびは、ご結婚まことにおめでとうございます」 「ありがとう、ノエル」 「エマヌエーレ様を、ルシアン様の奥方様としてお迎えできること、仕える者として、これ以上の喜びはございません」 熱のこもった言葉は、お世辞でもなさそうだ。 ノエルはニッコリと笑ってエマを見る。 「ルシアン様がご結婚を決意なさるとは、誰も思っていませんでした。エマヌエーレ様にはお礼申し上げます」 「ノエル。余計なことを言うな」 「お屋敷に戻られれば、すぐに分かることですから」 ノエルの返事に、ルシアンが眉をしかめる。 はっきり聞いたわけではないが、どうやらルシアンは独身を貫くつもりだったようだ。 (でも、ルシアン様は僕を選んでくださったんだ) そう思うと、嬉しくなった。 ノエルに礼を言って、最後にエマの側仕えが待つ長椅子へ移動した。 「エマ様~、とても素晴らしかったです~!」 「女神の祝福を頂くとはっ! さすがエマ様ですわ~!」 はしゃぎ声をあげるシーシとスースの隣で、ナタリナが涙を浮かべている。 歯を食いしばっているようだが、エマを見つめる瞳は濡れていた。 「ナタリナ?」 「ッ……あの、小さかった、エマ様がっ! こうして望まれた方の元へ嫁が
エマが微笑むと、ティエリーとオデットが短い言葉で別れを告げた。 「またお会いしましょう、エマヌエーレ」 「いつでも皇宮へ遊びに来い」 「はい。ありがとうございます」 「ティエリー様。休暇を終えたら、皇都へ伺います」 エマとルシアンは、神殿の間から退室する三人を見送った。 皇太子夫妻の姿が見えなくなると、ふっと空気が緩む。 (やっぱり、みんな緊張してたみたいだね) 次に挨拶に向かったのは、文官のユリックと、セレナ嬢だ。 皇族が退室したおかげで、かなり砕けた様子だった。 「エマヌエーレ殿。ご結婚おめでとうございます。実に素晴らしい式でした」 「ありがとうございます、ユリック殿」 「聖樹の奇跡を、この目で見られるとは思ってもみませんでした」 「奇跡……?」 さっきも騒いでいたが、何かあったのだろうか。 エマが首をかしげると、セレナ嬢が興奮した様子で語った。 「エマヌエーレ様の花冠が、ゆっくりと深紅に染まっていったのです! あれが女神様の祝福なのですね!」 「え?」 エマはパッとルシアンを見上げる。 (ミナの作ってくれた花冠が、深紅色に変わった?) 今すぐこの目で確かめたいけど、挨拶の途中で冠を取るわけにはいかない。 エマは曖昧に頷き、笑みを浮かべて誤魔化す。 「エマヌエーレ様! 本日は、ご結婚おめでとうございます!」 「ありがとうございます。セレナ嬢」 セレナ嬢は興奮した顔のまま、エマにお祝いの言葉をかける。 そして、エマの隣に立つルシアンをジッと見た。 「セレナ、失礼だよ」 セレナ嬢の後ろで、控えめな声が聞こえる。 よく見ると、ユリックとセレナ嬢の影に隠れて、フィリップが立っていた。 「あ、フィリップも来て下さったのですね」 「はい。団長から、夫婦で参列するようにと言われまして」 フィリップは騎士の礼装で、穏やかな笑みを
「あ、あのっ。エマヌエーレ・イーリスですっ。本日は私たちの結婚式にご臨席いただき、誠にありがとうございますっ」 皇太子夫妻の前だと思うと緊張して、舌がもつれそうになる。 そんなエマに、オデットが楽しげに笑みを浮かべた。 「まあ、なんて可愛らしい方。婚礼衣装も、帝国のものと違って、素敵ですわ」 「あ、ありがとうございますっ。私は聖樹ですので、婚礼用の法衣になります」 「そのブドウのブローチも素敵だわ。ルシアンからの贈り物かしら?」 「はい。ルシアン様が贈って下さいました」 エマは首元のブローチにそっと指を這わせて、はにかむ。 すかさず、ルシアンが横から口を出した。 「私のブローチは、エマが選んでくれたのですよ。対になったブローチで、縁起物なのです」 「あら。ルシアンがそのように自慢するなんて、珍しいこと。よき伴侶を得たのですね」 「はい。私の唯一の番ですから」 ルシアンはさらりと答えて、エマを見つめる。 甘い眼差しに胸が高鳴るけど、オデットが思いがけないことを言い出した。 「エマヌエーレ。貴方の金の髪は美しいけれど、薄紅も似合うのでしょう?」 「ぇ……?」 エマは、きょとんと目を瞬かせる。 (あれ? 皇太子妃様って、僕が女装したときと、同じ髪色……?) 自然と、女装デートしたときのことを思い出した。あのときルシアンは、エマを「帝国の高貴な血筋」と説明していたはずだ。 (えっ? ちょっと待って……?) 目の前のオデットは、薄紅の髪を持つ皇太子妃だ。 それはつまり……ルシアンはエマを、皇太子妃オデットの妹であると、暗に告げていたのではないだろうか。 (えぇっ!?) エマは慌てて、ルシアンの腕を掴む。 「る、ルシアン様っ!?」 「すみません、エマ。オデット様には事後承諾でした」 「よく似合っていたぞ? 姉妹だと言っても通じるだろう」 皇太子がニヤニヤ笑いながら、口を挟ん
エマが後ろを振り向くと、みな感激したように瞳を潤ませている。 「おお、これぞ女神イーリスのご加護っ」 「このような奇跡とは! 信じられんっ!」 「ほう、あれが聖樹というものか」 「エマ様、さすがでございます!」 (え? 何か、驚くようなことあったかな?) エマは不思議に思いながらも、平然としている王太子妃に従って、祝福の儀を終えた。 儀式が終わると、あとは参列者への挨拶だ。 ルシアンとともに、国王と王妃の前に進む。 挨拶以外で言葉を交わしたことのない二人だが、王太子によく似た雰囲気で、優しい笑顔を見せてくれた。 「エマヌエーレ。女神イーリスは、貴方が選んだ道を祝福しておられます。どうか健やかに。幸せになりなさい」 「其方はよく務めを果たしてくれた。感謝している。達者でな」 短い言葉の中にも、祝福の思いが伝わってくる。 エマは礼を述べて、次に王太子夫妻の元へ進んだ。 先ほどエマに祝福を授けてくれた王太子妃は、参列席に移り、王太子に寄り添って立っている。 二人は慈愛の眼差しでエマを見つめ、お祝いの言葉をかけてくれた。 祝福の言葉をありがたく受け取り、エマは目を輝かせて王太子妃を見上げる。 「聖樹アウレア様。私の結婚式に女神イーリスの祝福を授けてくださり、感謝いたします」 エマは胸に両手を当てて、王太子妃に礼を述べた。 王太子妃は、にっこり笑って頷く。 「エマヌエーレ。デイモンド伯と、仲睦まじく暮らすのですよ」 「はいっ」 「帝国で辛いことがあれば、いつでもわたくしたちを頼ってちょうだい。ときどきは、実家に戻るつもりで、王宮に遊びにいらっしゃいな」 「えっ? 良いのですか?」 エマは戸惑いながら、王太子を窺う。 王太子は愛おしそうな眼差しでエマを見つめ、しっかりと頷いた。 「もちろんだ」 「貴方はずっと、わたくしたちの大切な弟なのですよ」 「ぁっ……」
王太子のうちに、敵を始末しておけと言っているのだ。即位してからでは、遅いと。 「ですが……エマヌエーレが、どう関係するのですか?」 「あれは害虫の巣にもっとも近い位置にいるのだろう? うまく使って証拠を集めれば良い」 「ティエリー殿下のご意見はもっともです。ですが、エマヌエーレに危険な真似はさせられません」 ダリウは首を振って答えた。 エマヌエーレは素直で嘘のつけない純粋な子どもだ。スパイの真似ごとなど、できるはずがない。
「エマ様……カミラ様が仰った言葉を気になさる必要はございません」 ナタリナが慰めるように、エマの背中を撫でた。 平民のエマには後ろ盾がないから、衣服はすべて支給品のみで、私服もなく装飾品も持っていない。 貴族出身の『聖樹』は、法衣でも、宝石をちりばめて美しく着飾っていたし、ブローチや指輪もつけていた。西殿(さいでん)では、ときどき聖樹同士でお茶会が開かれるが、その際は法衣以外の服装も許されている。 お茶会に呼ばれたことは片手で数え
「素直なところは、平民らしいな」 「元々の性格でしょう」 「だったら、なおさら良い。ランダリエの聖樹には、興味があったからな」 ティエリーの台詞に、ダリウは目を見張った。 (まさか……今になって夜伽を命じるつもりか?) ティエリーは今まで、エマヌエーレに興味を示す素振りはなかった。公式の場で挨拶した以外では、顔を合わせたこともないはずだ。 レオナールの公務を代わりに任せたせいで、ティエリーの目に留まってしまったの
ティエリーは悪びれた様子もなく、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰掛ける。 「報告書を読んでたのか?」 「ああ」 「それにしては、上の空だったようだが?」 ティエリーは笑いながら、ルシアンを見る。 テーブルに用意されていたグラスにワインを注ぎ、勝手に飲み始めた。 「で、その地味な袋は何だ?」 「野暮なことを聞くな」 ルシアンは素っ気なく答え、お守り袋を懐にしまいこむ。 「あの聖樹か