INICIAR SESIÓNルシアンに寄り添うと、大好きな声がエマを呼んだ。 「エマ。貴方の伴侶になれたことは、私の人生で一番の幸福です」 「ルシアン様っ」 思わずルシアンを見上げ、エマは瞳を潤ませる。 甘い眼差しに胸をときめかせていると、セレナ嬢がにっこり笑った。 「私達の杞憂でしたね。エマヌエーレ様、デイモンド伯。いつまでも仲睦まじくお過ごしください」 「ありがとうございます。セレナ嬢」 エマも笑顔で礼を述べた。 続いて、後ろの長椅子に移動すると、ルシアンの従者ノエルが待っていた。 ノエルは笑顔を浮かべて、エマとルシアンに頭を下げる。 「ルシアン様、エマヌエーレ様。このたびは、ご結婚まことにおめでとうございます」 「ありがとう、ノエル」 「エマヌエーレ様を、ルシアン様の奥方様としてお迎えできること、仕える者として、これ以上の喜びはございません」 熱のこもった言葉は、お世辞でもなさそうだ。 ノエルはニッコリと笑ってエマを見る。 「ルシアン様がご結婚を決意なさるとは、誰も思っていませんでした。エマヌエーレ様にはお礼申し上げます」 「ノエル。余計なことを言うな」 「お屋敷に戻られれば、すぐに分かることですから」 ノエルの返事に、ルシアンが眉をしかめる。 はっきり聞いたわけではないが、どうやらルシアンは独身を貫くつもりだったようだ。 (でも、ルシアン様は僕を選んでくださったんだ) そう思うと、嬉しくなった。 ノエルに礼を言って、最後にエマの側仕えが待つ長椅子へ移動した。 「エマ様~、とても素晴らしかったです~!」 「女神の祝福を頂くとはっ! さすがエマ様ですわ~!」 はしゃぎ声をあげるシーシとスースの隣で、ナタリナが涙を浮かべている。 歯を食いしばっているようだが、エマを見つめる瞳は濡れていた。 「ナタリナ?」 「ッ……あの、小さかった、エマ様がっ! こうして望まれた方の元へ嫁が
エマが微笑むと、ティエリーとオデットが短い言葉で別れを告げた。 「またお会いしましょう、エマヌエーレ」 「いつでも皇宮へ遊びに来い」 「はい。ありがとうございます」 「ティエリー様。休暇を終えたら、皇都へ伺います」 エマとルシアンは、神殿の間から退室する三人を見送った。 皇太子夫妻の姿が見えなくなると、ふっと空気が緩む。 (やっぱり、みんな緊張してたみたいだね) 次に挨拶に向かったのは、文官のユリックと、セレナ嬢だ。 皇族が退室したおかげで、かなり砕けた様子だった。 「エマヌエーレ殿。ご結婚おめでとうございます。実に素晴らしい式でした」 「ありがとうございます、ユリック殿」 「聖樹の奇跡を、この目で見られるとは思ってもみませんでした」 「奇跡……?」 さっきも騒いでいたが、何かあったのだろうか。 エマが首をかしげると、セレナ嬢が興奮した様子で語った。 「エマヌエーレ様の花冠が、ゆっくりと深紅に染まっていったのです! あれが女神様の祝福なのですね!」 「え?」 エマはパッとルシアンを見上げる。 (ミナの作ってくれた花冠が、深紅色に変わった?) 今すぐこの目で確かめたいけど、挨拶の途中で冠を取るわけにはいかない。 エマは曖昧に頷き、笑みを浮かべて誤魔化す。 「エマヌエーレ様! 本日は、ご結婚おめでとうございます!」 「ありがとうございます。セレナ嬢」 セレナ嬢は興奮した顔のまま、エマにお祝いの言葉をかける。 そして、エマの隣に立つルシアンをジッと見た。 「セレナ、失礼だよ」 セレナ嬢の後ろで、控えめな声が聞こえる。 よく見ると、ユリックとセレナ嬢の影に隠れて、フィリップが立っていた。 「あ、フィリップも来て下さったのですね」 「はい。団長から、夫婦で参列するようにと言われまして」 フィリップは騎士の礼装で、穏やかな笑みを
「あ、あのっ。エマヌエーレ・イーリスですっ。本日は私たちの結婚式にご臨席いただき、誠にありがとうございますっ」 皇太子夫妻の前だと思うと緊張して、舌がもつれそうになる。 そんなエマに、オデットが楽しげに笑みを浮かべた。 「まあ、なんて可愛らしい方。婚礼衣装も、帝国のものと違って、素敵ですわ」 「あ、ありがとうございますっ。私は聖樹ですので、婚礼用の法衣になります」 「そのブドウのブローチも素敵だわ。ルシアンからの贈り物かしら?」 「はい。ルシアン様が贈って下さいました」 エマは首元のブローチにそっと指を這わせて、はにかむ。 すかさず、ルシアンが横から口を出した。 「私のブローチは、エマが選んでくれたのですよ。対になったブローチで、縁起物なのです」 「あら。ルシアンがそのように自慢するなんて、珍しいこと。よき伴侶を得たのですね」 「はい。私の唯一の番ですから」 ルシアンはさらりと答えて、エマを見つめる。 甘い眼差しに胸が高鳴るけど、オデットが思いがけないことを言い出した。 「エマヌエーレ。貴方の金の髪は美しいけれど、薄紅も似合うのでしょう?」 「ぇ……?」 エマは、きょとんと目を瞬かせる。 (あれ? 皇太子妃様って、僕が女装したときと、同じ髪色……?) 自然と、女装デートしたときのことを思い出した。あのときルシアンは、エマを「帝国の高貴な血筋」と説明していたはずだ。 (えっ? ちょっと待って……?) 目の前のオデットは、薄紅の髪を持つ皇太子妃だ。 それはつまり……ルシアンはエマを、皇太子妃オデットの妹であると、暗に告げていたのではないだろうか。 (えぇっ!?) エマは慌てて、ルシアンの腕を掴む。 「る、ルシアン様っ!?」 「すみません、エマ。オデット様には事後承諾でした」 「よく似合っていたぞ? 姉妹だと言っても通じるだろう」 皇太子がニヤニヤ笑いながら、口を挟ん
エマが後ろを振り向くと、みな感激したように瞳を潤ませている。 「おお、これぞ女神イーリスのご加護っ」 「このような奇跡とは! 信じられんっ!」 「ほう、あれが聖樹というものか」 「エマ様、さすがでございます!」 (え? 何か、驚くようなことあったかな?) エマは不思議に思いながらも、平然としている王太子妃に従って、祝福の儀を終えた。 儀式が終わると、あとは参列者への挨拶だ。 ルシアンとともに、国王と王妃の前に進む。 挨拶以外で言葉を交わしたことのない二人だが、王太子によく似た雰囲気で、優しい笑顔を見せてくれた。 「エマヌエーレ。女神イーリスは、貴方が選んだ道を祝福しておられます。どうか健やかに。幸せになりなさい」 「其方はよく務めを果たしてくれた。感謝している。達者でな」 短い言葉の中にも、祝福の思いが伝わってくる。 エマは礼を述べて、次に王太子夫妻の元へ進んだ。 先ほどエマに祝福を授けてくれた王太子妃は、参列席に移り、王太子に寄り添って立っている。 二人は慈愛の眼差しでエマを見つめ、お祝いの言葉をかけてくれた。 祝福の言葉をありがたく受け取り、エマは目を輝かせて王太子妃を見上げる。 「聖樹アウレア様。私の結婚式に女神イーリスの祝福を授けてくださり、感謝いたします」 エマは胸に両手を当てて、王太子妃に礼を述べた。 王太子妃は、にっこり笑って頷く。 「エマヌエーレ。デイモンド伯と、仲睦まじく暮らすのですよ」 「はいっ」 「帝国で辛いことがあれば、いつでもわたくしたちを頼ってちょうだい。ときどきは、実家に戻るつもりで、王宮に遊びにいらっしゃいな」 「えっ? 良いのですか?」 エマは戸惑いながら、王太子を窺う。 王太子は愛おしそうな眼差しでエマを見つめ、しっかりと頷いた。 「もちろんだ」 「貴方はずっと、わたくしたちの大切な弟なのですよ」 「ぁっ……」
「女神イーリスの御名のもとに。そして、ライヒト神の御名のもとに誓います。 わたしルシアン・デイモンドは、 聖樹エマヌエーレ・イーリスを、唯一の伴侶として迎え、 いかなる時も敬う心を忘れず、尊厳と自由を守ります。 この命の続く限り、愛することを誓います」 オメガであるエマを尊重することは、帝国民にとって異例の宣言である。けれど、ルシアンは当然のように誓ってくれた。 真摯な眼差しと誓いの言葉から、ルシアンの本気が伝わって、心が震えた。 (ルシアン様は、本当に僕のことを、妻として迎えてくださるんだっ) 喜びで、目の奥が熱くなった。 神殿長が、柔らかな笑みを浮かべる。 「お二人の誓いを、女神イーリスの御前にて承認いたします。続いて、指輪の交換を」 祭壇に用意された、二つの指輪。 艶めくような大粒のルビーの指輪は、少し変わった意匠だ。台座の左側に、銀の獅子の横顔が彫られている。獅子が口を開き、牙でルビーを支えているように見えた。 もう一つの指輪は、太陽の雫を思わせる黄水晶が嵌め込まれている。こちらの指輪は金でできており、幅広の腕の部分に、大樹の意匠が彫られていた。 どちらも最高品質の宝石を使った、素晴らしい指輪だ。 (これが、夫婦の証になる、結婚指輪) エマにはルシアンから贈られた豊穣のブローチがあるけど、この指輪を付けることで、夫婦であると周りに示すことができる。 最初に、ルシアンがエマの手を取り、ルビーの指輪を薬指へと通した。 「ルビー、すごくキレイです」 エマは思わず呟いた。 左指におさまったルビーの指輪は、ルシアンの瞳に似ていて、とても美しい。 「この指輪が、貴方を守ってくれますよ」 「はいっ」 エマは唇をほころばせた。 続いて、エマは黄水晶の指輪を手に取り、ルシアンの薬指に嵌める。 指輪に聖樹の象徴である大樹を描くことで、エマがただのオメガではなく、聖樹であると公に示
赤みを帯びた茶色の髪は、低い位置でゆるやかにまとめられ、深い緑を基調としたドレスは、動きやすさを考慮した装いになっている。 背筋をまっすぐに伸ばし、大きな瞳をきらきらと輝かせて、エマを見つめていた。 かつて、彼女の結婚式で、女神の祝福を贈ったことがあった。 「セレナ嬢?」 「エマ様っ! ご結婚おめでとうございます!」 アレシオン伯爵の一人娘、セレナ・アレシオンだ。 (あれ? この前、結婚式を挙げたばかりだよね? なんでここに?) 疑問に思うも、尋ねられる雰囲気ではない。 右側の参列席に視線を移すと、またもや意外な人物が立っていた。 (クロエ?) どうやら、オスティン帝国の文官代表として参列しているようだ。 帝国の麗しい文官は、紺色のドレスに栗色の髪を結い上げ、濃い睫毛を揺らす。 「エマヌエーレ様。ご結婚おめでとうございます」 唇の動きだけで祝ってくれるが、その仕草が艶っぽい。 エマはペコッと頭を下げた。 (……あれ?) クロエの奥に、黒髪の男性が見える。 誰だろうと視線を向けると、見知った顔がニヤリと笑った。 (えっ!? こ、皇太子殿下!?) 紅い瞳がエマを見つめている。 何で皇太子がここに!? 「エマ。すみません。どうしても来ると言って聞かなくて」 ルシアンが眉をしかめて、小声で謝る。 「い、いえ……良いんですか?」 帝国の皇太子が、ランダリエ王国の結婚式に参列するなんて、前代未聞である。 非公式の参列なのか、皇太子の装いは控えめで、深い藍色の上衣に身を包み、装飾もほとんどない。だが、黒髪に紅い瞳、堂々とした出で立ちは、一目でただ者ではない雰囲気を醸し出していた。 ルシアンを窺うと、諦めの表情で囁く。 「今日は、私の従兄弟として参列するそうです」 「そ、そうですか」 皇太子ではなく、従兄弟として。そういう意味だろうが、どちらに
その刹那、気の緩みを見透かしたように、皇太子がふと口を開く。 「ダリウ殿下の奥方は、体調が優れぬそうだな」 「は、はいっ。皇太子殿下」 エマは姿勢を正し、あわてて答えた。 「王太子妃殿下はご体調を崩されやすく、たびたび静養が必要となりますため、本日は王太子殿下がお傍に付き添っておられます」 エマの答えに、皇太子はわざとらしく肩をすくめた。 「客人を放って、奥方の看病とは。ずいぶんと、愛妻家でいらっしゃるようだ」 「はい。王太子ご夫
「ええ。良い香りですね。アールグレイですか?」 「はい。私の好きな紅茶なんです」 用意された紅茶は、最高級品の茶葉だ。 エマの立場では、客人をもてなすときにしか飲めない代物なので、味わって飲んだ。 一口サイズにカットされたサンドイッチやクッキーも、宮廷料理長が手がけたもので、エマがふだん口にするものとは比べものにならないほど美味しい。 料理長が作る料理は、国王や王太子が同席する会食でないと食べられないので、これも噛みしめるようにして食べる。
翌朝、エマが目覚めると、熱もなく体もスッキリしていた。 ルシアンにもらった鎮静剤は、抜群の効果で、エマは驚きと喜びでいっぱいだった。 「ナタリナ、体が軽くなったみたい」 「良かったですね。エマ様」 「うんっ」 念のため、静香石を使ってフェロモンを抑え、今日の接待に向けて準備していた。 レオナールからは予想通り、体調不良の文が届いた。それも本人ではなく、秘書官が代わりに書いたものだ。 エマに仕事を押しつける内容を受け取り、ため息
「黙れ。いいからさっさと行ってこい!」 「……かしこまりました」 苛立つレオナールに、これ以上は言っても無駄だと悟る。 エマは大人しく頷いたが、レオナールは冷ややかに言った。 「貴様が視界に入ると目障りだ。適当なところで引き上げて、あの薄汚い巣へ戻れ。ドブネズミめ」 レオナールは暴言を吐き、エマをきつく睨んでから、身を翻した。向かった先に、深緑のドレスを身を包んだ令嬢が見える。 「カミラ嬢……」 何度か見かけたことのある、公爵令